1914年 大杉栄、研究会に出席 1915年 大杉栄「代議政治論」を講演

1914年2月15日 

大杉栄、調査書には荒畑方 サボタージュ研究会出席
<調査書の誤記>シンヂカリズム研究会と思われる


1915年2月15日
平民講演会 日本橋常盤町堺井金次郎方 (本会は席上荒畑勝三の演術せるところに依れば従来大杉栄等の主催に関わるシンヂカリズム研究会を拡張し一層広義に社会問題を研究せんとするものにして今後毎月1日、15日前記の場所に於て開催するものなりと)出席者30名(内名簿未編入者16名あり)大杉栄の演術 「代議政治論」

1918年 2月15日 

夜上野桜木町有吉三吉方に於いて同人及び和田久太郎、久板卯之助等主催にて会合を催し出席者同志12名あり会合の目的は先年刃傷事件以来大杉に対し反感を有する同志をして感情を放抛せしめ将来協心活動すへく一致団結を為すの必要上其等の意見を聞き且従来堺利彦其の他の同志か開催し来りし単純なる講演会式の会合を改め新に実際問題を討議し有効なる運動方式を研究せんとする大杉栄の発意に基づけるものにして当夜大杉は同志の意向を確かむる為出席を遠慮し裏面に於て指図を為した

1919年 2月15日 

北風会及大杉栄等の合同に係る主義者の会合は例会を荒畑勝三、山川均両名出獄歓迎会と称して開会し山川は病者の為不参出席者31名にして荒畑は「英国の労働組合条件復旧問題」に関し講演を為し次に…大石七分…吉田一、延島英一等の感想談あり……