1926年 黒色青年連盟、黒旗事件(銀座事件)

1926年 1月31日 

黒色青年聯盟、黒旗事件(銀座事件)  

『黒色青年』より

 わが黒色青年連盟は1月31日午後6時半より芝協調会館で第一回の演説会を開催した。東京地方に散在する無政府主義団体の最初の会合であった。会する者七百有余。二流の黒旗の下には6つのスローガンが挙げられていた。40数名の弁士はこのスローガンによって熱弁を振ったその殆ど大部分はお極りの弁士 「中止」。自然児の深沼君は、紙製のバクダンを壇上にたたきつけて検束、同横山君は私服警官と論争して検束斯くして横暴なる官権の圧迫の下に、遂に午後9時散会するに 余儀なかった。然しながら一つの行動は数万言の議論にも優る。会衆は街頭へ出た。黒色青年連盟と染めなされた黒旗は高く頭上に翻って銀座へ!!銀座へ!!  

 夜の銀座は歓楽の巷であるブルジョワの巣窟である。民衆の寒く飢えてる時も銀座は温室の如く暖かく豊満である。黒旗は疾風の如くに銀座街頭に駆走する。礫は飛ぶ。旗先は硝子窓にぶち当る。この行動を阻止しようとした尾張町交番の岸巡査は全治二週間を要する殴打傷を頭部に受け遂に窓硝子の破壊されたもの20有余軒、築地署は直ちに非 常線を張って32名を検束し愛宕署に6名